AIが、数学の未解決問題だったナビエ・ストークス問題の解法を出した。
法律でも、ニッチな分野の法律的見解を正確に出せるらしい。
プログラミングは言うに及ばず。以前は数千万円かけて作っていたものが、数日で作れるようになった。
数学や法律、エンジニアリングなど、高度な専門性が必要とされていた作業を、AIが次々とこなせるようになっている。
進化のスピードも、収まる気配を見せない。
私自身、零細企業を経営しているが、税理士や社労士、顧問弁護士などとの契約はすべて解約した。
まったく困らないどころか、むしろ諸々がものすごく効率的になった。
正直、「何年もトレーニングしないと習得できないスキルで、作業をこなします」という仕事は、すでにAIでほぼ陳腐化している気がする。
だから、ほとんどの知的作業は、もう代替されると思う。
では、これから何にお金を払ってもらえるのか。
「私はこの作業の専門家です」だけでは厳しくなる。
一方で、「あなたの幸福に寄与することなら、なんでもしますよ」という人には、まだ頼みたいことがある。
AIで代替できる作業なら、「これ、AIで代替しましょう」と動く。
AIで解決できないなら、専門家を呼んで解決してもらう。
組織が揉めているなら、仲裁する。
目標を達成できないなら、原因を突き止める。
自分の専門にこだわらず、顧客のためになることを、とにかくなんでもする人だ。
これは、要するに御用聞きではないか。
もちろん、「言われたことしかやらない人」を御用聞きと呼ぶこともある。
ここで言いたいのは、言われなくても気を利かせて、顧客のためになることをする人だ。
「自走型御用聞き」とでも呼べばいいのかもしれない。
作業をAIに頼めるようになっても、顧客自身が、何を頼めば自分の状況がよくなるのか分かっているとは限らない。
相談するほどの問題だと思っていないこともあるだろう。
でも、見る人が見れば、「それ、こうすればいいんじゃない?」と言える。
今のところ、AIも基本的には相談されてから動く。
その手前で問題に気づき、頼まれていなくても解決に向けて動く。
要は、「おせっかい」である。
言われなくても問題を見つけ、解決してくれる。
これからお金を払ってもらえるのは、そういう人なのではないか。
ただ、このおせっかいも、人間にしかできないとは限らない。
AIが勝手に情報を集め、「あなたはこれに困っているのでは?」「こうすればよくなるのでは?」と提案してくることは、十分ありそうだ。
考えてみれば、広告はすでに、こちらの行動を追跡して商品を勧めてくる。
おせっかい自体は、もう自動化され始めている。
だから、自走型御用聞きになれば、ずっと安泰という話ではない。
ただ、依頼された作業をこなすだけでは、ますます厳しくなる。
顧客の幸福に寄与する意志を持ち、言われる前に問題を見つけ、使える手段で解決する。
少なくとも、そこまでやらないと、食っていくのが厳しい時代になってきたのではないか。