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AI時代、「先生」から「御用聞き」になれるか
2026-09-25
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AIでできることが増えるほど、仕事は「これができます」よりも、「なんか困ってません? なんでもやりますよ」から始めるほうがよくなる気がする。

これまでは、先に「自分は何を提供できるか」を決める必要があった。

なんでもやると言っても、「じゃあ、これをやって」と頼まれたときに、「あ、それはできません」となってしまうからだ。

でも、AIを使ってできることが増え、作るコストも大きく下がるなら、先に顧客の悩みを聞いて、それに合わせて解決策を作ればいい。

だったら、まずは「お役に立ちたいので、なんかやらせてくれません?」と聞けばいいのではないか。

これまでは、「顧客はこういうものを求めているはずだ」という仮説を立て、プロダクトやサービスを作り、提案しにいくやり方があった。

解決策を作るのが大変だったから、先に作ってから顧客に提案する意味があった。

でも、作るコストがものすごく安くなるなら、顧客ごとに作ればいい。

先に「我々はこれをやります」と範囲を絞らず、まずは悩みをなんでも受ければいいのではないか。

そのとき、仕事をもらう理由も変わるはずだ。

「他の人にはできない、これができます」という売り方は、難しくなる。

作業は、他の人もAIを使えばできるからだ。

では、何で選んでもらうのか。

「この人は、自分の幸福のために動いてくれる」と思ってもらうことではないか。

顧客のためになることを自分から見つけ、AIを使いながら、なんでもやる。

AIだけでは解決できないなら、専門家を呼ぶ。

組織が揉めているなら、仲裁する。

自分の専門にこだわらず、顧客の状況がよくなるまで動く。

そういう「自走型御用聞き」である。

そうなると、仕事はスキルよりも、関係性に基づくものになる。

個人と個人。個人と組織。組織と組織。

その関係の中で、「この人に頼みたい」と思ってもらう。

お金を払う理由も、「こいつにはスキルがある」から、「こいつは自分のためになんとかしようとしてくれる」に変わる。

これは、高度専門職としてのプライドとは、だいぶ違う世界観だと思う。

何年もかけて専門的なスキルを身につけ、独立した職業人として、その能力を提供する。

そういう働き方から、相手のためになることなら、自分の専門にこだわらずなんでもやる働き方へ変わる。

その転換に、抵抗を感じる人もいると思う。

私自身、どちらかというと高度専門職寄りの人間だったので、正直、いまけっこうキツい。

ただ、この殻を破らないとダメな気がしている。

仕事の仕方も、顧客への向き合い方も、相当変える必要がありそうだ。

「先生」のポジションにいたままでは、厳しいのかもしれない。