ハサビスとDeepMindは如何にして世俗を超越し続けられたのか?~The THINKING GAME 感想~(前編)

デミス・ハサビス(及び彼が創設したDeep Mind)の自伝的ドキュメンタリー、"The THINKING GAME"を観た。
公式がyoutubeにあげているので、無料で見られる:

極めて示唆に富み、強い印象を受けた。

昨今のテック系ドキュメンタリーは、テック産業の実態を反映して、暗い雰囲気を醸しているのが常である。
アテンションエコノミーに起因する憎悪の拡散、政情不安、若者のメンタル・ヘルス悪化、社会規範の後退、共通した事実認識の退潮。労働需要の減退による格差拡大、尊厳の低下、薬物の蔓延、絶望死。

そうした中で、本作はどうであろう。
知性、謙虚さ、誠実さ、未来への希望に満ち溢れている。
まるで2005年にタイムスリップしたようだ。

制作陣の意図というよりも、ハサビスを始めとした取材対象そのものが、そうした風情を醸し出していた。

この差を生み出しているのは何なのか。
これを探るべく、本作を反芻したところ、以下のエピソードが印象的だった:

  1. チェスの神童だったハサビスが、リヒテンシュタインの大会に参加した際のこと。
    対戦相手は30代の元デンマーク王者。10時間以上に渡る激戦の末、ハサビス少年は「もう引き分けでいいじゃん...」と厭戦気分になるも、相手は勝利に拘り、泥仕合を演じていた。
    疲れと、相手の執拗さへの恐怖に駆られたハスビスは、相手のチープトリックにあえて引っ掛かり、投了。
    すると相手は飛び上がって喜び、「なぜ投了した!このクイーンを差し出せば引き分けにできたのに!」と、大人気なくも言い放つ。
    宙を仰ぐハサビス。知性とは何か。この競技は、何の意味があるのか。この建物でチェスに興じている300人は、何のために、他の全てを犠牲にしてまで、この活動を続けているのか。この知性を、より有意義な他の何かに使えるのではないか。
    有限な人生の時間を何に使うべきか、12歳にして真剣に自問し始めたハサビスは、やがて、チェスから離れる。
  2. ハサビスが、DeepMindを創業して資金調達に奔走していた頃。
    産業革命以上のインパクトを与えうる汎用人口知能(AGI)の開発をミッションに掲げ、これに必要な技術的要素が揃いつつある今が絶好の投資機会であると、投資家に訴える。
    すると、毎度のように聞かれる同じ質問:
    「OK。で、どうやって金を儲けるんだ?プロダクトは?」
    憤るハサビス。
    「いったい何を言っているんだ?話を聞いていたのか?人類社会を根本的に革新する話をしているんだぞ?なんだ、その世俗的(prosaic)な質問は!」。
    やがて、金銭的リターンとは異なる次元で投資してくれる人を求め、ピーター・ティールやイーロン・マスクにアプローチしていく。

いずれも、世俗的な振る舞いにハサビスが失望する逸話である。

そう、ハサビスやDeep Mind、ひいてはこのドキュメンタリーを貫く輝きは、世俗を超越した高邁な理念にまい進する人々のそれである。

「こうして金を儲けた」とか、「注目や人気を集めた」とか、「政治を動かした」とか、「誰が誰に勝った」とか、そうした事柄が行動原理の中心に来ることは、一切ない。

「ウルフ・オブ・ウォールストリート」的な、下劣な大衆性は皆無である。

ひたすら、知を追い求めて、これに殉じている。

だが、普通、どれほどそうした人生を歩むべく努力しても、中々うまく行かない。
生活していくには金が必要で、金を稼ぐには、世間からの注目や人気、政治や他者の見栄を念頭に行動しなければならず、これらと無縁で生きていくのは困難だからだ。
そうして、気づくと自分もそうした俗世にまみれて、本来持っていた高邁な理念は忘れ去られる。

ところがハサビスやDeepMindは、世俗を強烈に拒絶したまま、理念の実現に必要なものを獲得し、成果を挙げている。
シリコン・バレーの金と人気を重視するカルチャーを拒絶し、頑としてロンドンから拠点を移さない。
販売するプロダクトを一つも出さず、研究開発しかしない。
研究成果を論文やオープンソースとして公表し、知財を囲い込んで商売することを拒否する。
研究に必要な計算資源を確保すべく、安価でGoogleに身売りする。
Google内で独自勢力として統帥権を維持し、日々の営利活動とは一線を画す。
生殺与奪の権を握っている、投資家や親会社から強く求められても、上記を1ミリも譲らない。

完全に、「企業に擬態した象牙の塔」である。

ハサビスは如何にして、Deep Mindという企業に擬態した象牙の党を構築し、俗世を超越したまま、AIのフロンティアを革新し、ノーベル賞を受賞し、AGIに向けた邁進し続けているのか?

何だかイントロだけになってしまったが、長くなってきたので、次の記事で検証していく。

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